シン・エヴァンゲリオン3

ATフィールド、という言葉が出てきます。絶対不可侵領域、の略だそうです。ウィキペディアによると、「全ての生命が自らを形成するべく持っている自我境界」と書いてありました。これを「私と、私の外との境界」、「私という個人を形作っている結界」ということと捉えました。「私」「自分」という概念は難しいのですが、それを何千年もかけて論じているのが、仏教です。お釈迦様が覚りを開いて、それを説き始めたことから仏教が生まれた、ということになるのですが、その「覚(さと)り」というのがどういう状態か、というのは、なかなか理解が難しいところです。しかし、悟りの段階を図にしたものがあるのです。それを、「十牛図」と言います。牛の図で悟りの段階を示しています。興味のある人は、ネットで探してみて下さいね。で、その「覚りとは」「悟りとは」ということを、私は師匠である村山先生から学んだのです。

で、エヴァンゲリオンですが、ATフィールドというのは、自分を形作っている境界。それを消滅させるのがアンチATフィールド。人類補完計画は、このATフィールドをなくすことだと言っています。要するに、「私の消滅」。ゲンドウが企んだのは、人類をすべて葬り去ることで、「私の消滅」を実現すること、だと思います。だからこそ、ゲンドウが乗るエヴァ13号機は、絶望の機体、ということになるのではないでしょうか。「私」を消滅させて、すべての命を一つにすることで亡くなったユイさんと一緒になろうとしたのですね。でも、「私の消滅」というのはそういうことではない、と、シンジは気付いたのだと思います。

劇中で、ヴンダー内で処理されたパックの水を飲むミドリが「誰のおしっこだったかわからない水」と言います。これ、どう思いますか?戦闘艦の中にいるから仕方ないよね、と思いませんか?でも、実は今の私達も同じはずです。人間の約60%は水だ、ということは、皆さんご存知だと思います。では、その水は、産まれてから死ぬまでずっと同じ水でしょうか?そんなはずはないですよね。毎日飲んだり食べたりした水分と入れ替わっています。体内に入った水が身体を巡ってくれて、老廃物と一緒に排泄される。そして、その排泄された水が下水処理場で処理され、川や海へと放流される。川や海へ流された水は、大気中へ蒸発して雲となり、雨となってまた川や海へと流れ込む。そして浄水場を経て水道水となり、また私達の体へ取り込まれる。じゃあ、どの段階の水が「私」なんでしょうか?そこに違いはあるのでしょうか?

すべてのものは循環しています。空に浮かぶ雲、もしかしたら、いつかの「私」だったかもしれません。今日飲んだお茶、もしかしたら徳川家康の一部だったかもしれませんよね。水だけでなく、私達の体を構成しているタンパク質、脂質、ミネラルなども同じです。「私」を構成している成分はいつも循環していて、固定されていません。だとしたら、「私」というものは、実体のないもの、と考えることが出来ますよね。すべてのものと循環しているなら、すべてのものと関連している、繋がっている、とも考えられるのではないでしょうか。であれば、見も知らぬまったくの赤の他人でも、自分と同じように扱うことが「私の消滅」と考えることも出来るのではないでしょうか。

気学を学ぶと、「私」というものが生まれた日で本当に規定されていることがよくわかります。生まれた日だけではありません。どんな名前になるのか、どんな場所に生まれるのかで、本当に人生が決まっていくのです。これを「仕組まれている」と捉えることも出来ると思います。循環していて固定されていない「私」が、どんな私になるのかは、「仕組み」でほぼ決まってしまう。そんなの、イヤだと思いませんか?

しかし、そこから離脱する方法はあるのです。いろいろな方法があると思いますが、そのうちの一つは気学の技を使うこと。そしてもう一つ、「受け取り方を変えること」。それが、ミサトとリツ子が言っていた「絶望ではなく、希望のコンティニューを選ぶ。人間の意志で変える」ということだと思いました。そして、渚カヲルが言っている「ただ書き換えるだけ」ということでもあると思います。過去に起こった出来事はなかったことには出来ません。しかし、受け取り方を変えることは出来ます。トラウマになるような辛い出来事があったとしても、それを自分がどう捉えるかで、現実の世界が変わってくるのです。それが、「書き換えること」。だから、最後、いろんな人物が自分の過去を振り返って、そこから解放されていきます。解放されることで現実を変えることが出来た、という事だと思いました。

十牛図の最後の段階は、悟りを開いたあと、再び世俗の世界に戻ること、となっています。「私」というものを学んで現実の世界を見ると、今まで何の変哲もない、ありふれた退屈な日常だと思っていた世界が、全く違ったものになります。世界はそのままの状態だけど、「私」が変わるから全く違った世界になる。それは徹底的に自分と向き合わなくてはならない、厳しくて、刺激的で、だけど、自分の思いを実現できる、本当に意味のある世界だと思います。最後にシンジとマリが実写の世界に飛び出していく描写は、それを表していると思いました。

映画が始まる前に、次の映画の予告がありますよね。その中に「アベンジャーズ」の宣伝があって、「過去を書き換えろ」と出てきました。この時点で、もうメッセージが伝わってきた気がしました。

アニメと漫画と旧エヴァンゲリオンで終わり方が全部違うそうですが、今回のシン・エヴァンゲリオンが最終ということで、アニメの終わりの世界から、その先の展開が示されたと思っています。これが、今のところの「天の最終メッセージ」なのだと受け取っています。

とりあえず、これで締めくくります。長―い文章を読んでくださって、ありがとうございました!

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