明けましておめでとうございます

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明けましておめでとうございます🎍

昨年は大変お世話になり、心より感謝申し上げます。今年もどうぞよろしくお願い致します。気学的にはまだ2018年ですが😉

今朝の朝刊の一面に載っていたのは、AIが予想する日本の未来。

今のまま行くと日本の発展はなく、特に都市集中になると幸福感は激減、健康も保てなくなるし、今よりもっと格差が拡大する見通しとのこと。イヤですね~💦

でも、生き方を変えれば、地方と都市が活力を与えあい、発展していける日本になる、と書いてあります。

そしてそのタイムリミットは…10年。

めちゃリアルですよね〜〜💦さすがAI!

生き方を変えなければならない、というのは村山先生の仰っていた通り。改めて村山先生の凄さを感じます。これから私たちの役割は大きいと思っています。

明るい未来を創るのは、私たち自身。

先生の手記の言葉

「自分の全身全霊を使い、人類の為、人様の為の人生を開始する時が来ていると思う」

この言葉を胸に、今年も頑張っていきます!

子供の頃の記憶

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私は「アダルトチルドレン」というのが嫌いでした。特に問題があるとも思えないような家庭環境で育ったのに、「アダルトチルドレン」と言っている人を見ると、なんだか、自分の人生がうまくいかないことを親のせいにしているみたいで、気に食わなかったんです。

ところが数年前、西村先生に出会い、そうではないことを教えて頂きました。自分はまったく親との問題なんかないと思っていても、自分で自分の気持ちを封じ込めていることで、人生に影響が出るということ。そして、本当は私もアダルトチルドレンだったということを初めて知ったんです。

もちろん、親からの暴力や様々な形の虐待を受けていたり、家庭環境が崩壊している状態で育った方が苦しまれていることは知っていました。ですが、私のように、何の問題もなく見える家庭でも、親に対する自分の気持ちを押し殺し、その気持ちをなかったことにしてしまうと、大人になってからも知らず知らずその影響をうけてしまう、ということは、まったく知らなかったんです。

西村先生のヒーリングを受けて、自分の過去と初めて向き合い、心と体に風が吹き抜けるような爽快感を感じました。でも、西村先生が仰るには、私はまだ、すべてとは向き合っていないとのこと。まだまだ思い出さなければならないことがあったんですね。ところが、アダルトチルドレンということに抵抗感を持っていた私は、なかなか向き合うことが出来ずにいました。

そんな時、村山先生の気学に出会ったんです。きっかけは西村先生。西村先生が村山先生のお弟子さんで、私に村山先生の気学に行くよう勧めて下さったんです。

そこからまた、私の人生は大転換を始めました。

気学では、「吉方を取る」ということをするのですが、その吉方の星の持つ意味の通りの出来事が実際に起きてきます。私の最大吉方は一白水星なんですが、この星は「裏」という意味を持っています。東京から沖縄まで一白の吉方で行った時、不思議な事が起こりました。夢を見たんですが、子供の私が大泣きしているんです。弟が羨ましい、と言って。

びっっくりしました。弟のことを羨ましいなんて、これっぽっちも思ったことがなかった、と思っていたからです。

私は長女なんですが、初孫で、とにかくみんなに可愛がられて育ったそうです。ところが長男である弟が生まれると、時代もあると思いますが、跡取りが生まれた、ということで、私はいらない子になってしまったのです。3歳の時でした。3歳の子供にとっては、突然誰も自分に注意を向けてくれなくなったことは、ものすごくショックだったのでしょう。どうしていいかわからず、その気持ちをなかったことにしてしまったんですね。

これが大人の自分にどんな影響を与えるか、というと、その気持ちがあることに気がついて欲しくて、同じ状況を作り出すんです。その頃の私は、人から嫉妬される、ということに悩んでいました。でも、沖縄でそのことを思い出してから、嫉妬される、ということがほぼなくなったんですよ。弟に嫉妬していたからこそ、自分で嫉妬される状況を作り出していたんですね。自分の「裏」の気持ちに気付くことができたわけです。

こうして吉方を取ることで、自分の裏の気持ちにどんどん気付いていき、もう過去は全部清算した!と思っていたんです。

ところが!

先日、気学仲間であるアレクサンダー・テクニークの木野村さんの身体の使い方講座を受けたところ、木野村さんは私の歩く姿を見て、私の過去の想いに気付いてくださいました。

もう全部終わったと思っていたのに、まだあったのか!!という思いで、正直ショックでしたが、おかげで身体はすごく楽になっていきました。気付いた瞬間から血が巡りだし、左半身がポカポカしてくるんですよ!もうびっくり!

自分一人で過去の想いに気付くことは、ほとんど不可能だと西村先生から学びましたが、本当にそうだなと実感しました。

気学では、その人の動く方位や家相から、どんな問題を抱えているかが見えることがあります。そして吉方を取ることで心の穴を埋めていくことができます。でも、木野村さんのような方に見ていただいたら、もっと早く問題の解決ができるのかもしれないですね。

もし、そんな問題を抱えている方がいらっしゃったら、ぜひ木野村さんに連絡してみてください!

http://www.at-aqp.com/

仏教の勉強

なぜか日本人は、宗教に対してアレルギーを持つ方が多いように思います。オウム真理教の事件がありましたから、当然といえば当然ですよね。私も以前は、宗教なんてまったく関心もなく、誘われようものなら警戒すらしていました。

ですから、迂闊に「仏教を勉強してみない?」なぁんて、とても言えませんでした💦 気学でも怪しまれるのに、仏教なんてなおさら💦

でも

気学も仏教も、本来のものは一般的なイメージとはまったく違うんです。私は師匠である村山先生からどちらも学びましたが、本当に目からウロコが落ちまくりでした。

もっと仏教の勉強がしたいな、と思っていましたが、来年からマインドズームで仏教塾が開催されることになったんです!

講師は、岐阜のお寺のご住職、釋(しゃく)さん。村山先生のもとで一緒に気学を学んだ仲間でもあります。村山先生が大阪で仏教塾をされていた時、必ず先生が釋さんに声をかけて、一緒に帰られていたそうです。村山先生をご存知の方ならおわかりになると思いますが、そんな方は滅多にいません!仏教やその他の知識も、お人柄も、とても素晴らしい方です。

仏教を勉強してみたい方、ちょっと興味あるなぁという方、ぜひ一緒に勉強してみませんか?

マインドズームのまわし者ではないんですが😅本物の仏教を学ぶ機会はなかなかないのでお知らせしました^_^

きっと、新しい発見があると思いますよー!

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両親のその後

今日は法事で名古屋に。

お寺は何度も来ているのですが、今回、ふと気がついたのは、その土地には不釣り合いなマンションの存在。

田舎で高い建物がほとんどないのに、お寺の真横にニョッキリ、そびえたっているんです。調べてみたら、この方位、北だったんです!家相をご存知の方ならおわかりの通り、北に高い建物はとっても大事。私はこのお寺の住職さんが大好きなんですが、この地相の通りのご家族🎵

さっすがー!

法事の後、実家に。

実は両親とも体調が悪く、特に父は、ガンでした。「仮吉方取ったのに…」という気持ちがひしひしと伝わってきます💦

「健康になると思ってたのに、ガンなんて!」

両親の雰囲気は、どよーん…😞

でもこれ、結構よくある話なんです。自分の両親がそうなってみてよくわかったのですが、吉方を取ったからこそ、ガンが見つけてもらえたんです。でも、なかなかそう思えないですよね💦

父は、随分前から調子が悪く、大きな病院に通っていました。でも、どこも悪くないと言われていたそうです。で、吉方から帰ってきて、自分で他の病院を探して行ったところ、ガンが見つかったとのこと。

この病院、なんと吉方で行っているんですよー。

仮吉方を取ったからこそ、ガンを見つけてもらえて、治療を始めることが出来、そして、方位をみたわけでもないのに吉方で病院に行けた、というわけです。

そういう話と、鑑定上、気になることを話すこと2時間、帰る頃には両親が笑顔になっていました。

気学やってて、よかったーー!

この病気のおかげで、私も両親の子供の頃の話を聞くことができ、私が考えていることも理解してもらうことが出来ました。

あんかけパスタとぴよりん食べて、東京に帰るぞー!

展望と開運

そろそろ年末が近づいてきましたね。

年末といえば、「展望と開運」!

社会運勢学をご存知ない方はピンとこないと思いますが、毎年年末に、次の年をどう過ごしたらいいのか、というセミナーがあるんです。セミナーの前には、「展望と開運」という書籍が発売されます。すでに店頭に並んでいますので、ぜひ、手に取ってみてくださいね!681F9E29-AFCC-4490-882F-A4CDBDBFABBF

我らが師匠、村山先生といえば、「展望と開運」!

今年は勉強が大事な年なので、私も自分で一から「展望」を書いてみることにしました。初の試み、一体どんな内容になるのやら…ドキドキ😅コアイメージだけ、ここでお伝えしようと思います。

来年は、己・亥・八白という年。それぞれ意味があるのですが、八白について。八白の象意は、止まる・改革・蓄める・親族 など。止まる、という現象が起きることから、あまりいいイメージを持てない方が多いように思います。でも、どんな星にも吉の意味と凶の意味があるんです。だったら、なるべく吉の意味を取りたいですよね。それには、個人個人が吉として受け取ることがとても大事。

八白の象意は止める。なら、自分中心の心を止めたい。

今、世界は、自己中心の考え方が蔓延しています。でも、八白を吉で受け取れる人が増えたら、きっとそれが世界を動かすはずだと思うんです。先生は、国民のレベル以上の政治家は出てこないと仰いました。だったら、私たち大衆が変わるしかない。この一年で、どう変わったらいいのか⁉︎

こんな考え方で書いていこうと思っています。

「聞いてみたい」と思っていただける方がいらっしゃいましたら、ぜひご連絡下さい!

1月28日 13:30〜17:30 ¥6000  九段下にて展望セミナーを行います。ご要望がありましたら、他日でも開催させていただきます。

「えー、私個人のことが知りたい!」という方には、個人セミナーも¥10000にて受け付けております。

というわけで、今回は宣伝でしたー😅 どうぞよろしくお願い致します!

世の中のためって?9

前回、井筒俊彦さんの「意識の形而上学」を読んだところで終わりましたが、この本、目次を見ただけで本を閉じたくなります・・・。が!頑張って読みましたよー!

この本は、「大乗起信論」という経典について書かれています。大変難しい本ではありますが、私なりに解釈してみました。まず、難しい用語を、自分の知っている単語に置き換えてみます。

◆真如・無・空・形而上≒仏性

◆無明(妄念)・形而下=今、現在、人間が認識している世界(顕在意識)

◆意味分節体・存在分節体=人間個人・石・木・草など、この世界に存在する「もの」

書いていて頭痛がしてきました💦  本を読んでいないと、さっぱりちんぷんかんぷんだと思いますが、要するに、

「今、現在、人間が認識している世界」は、仏性が分かれて出来上がっている世界だということ。

この世に存在するもの(生命があろうとなかろうとすべてのもの)は、すべて仏性でできている、ということ。

を、論じているのです。・・・と思います💦

これ、道元禅師の話と共通してますよね?道元禅師は「一切衆生悉有仏性」を、「人間というのは、仏性の一切れである」と仰っています。

村山先生は、道元禅師のいう「仏性」と、ユングのいう「集合的無意識」が同じものである、と教えてくださいました。実際、仏教の言葉で、末那識・阿頼耶識という言葉があるのですが、

末那識(まなしき)=フロイトのいう無意識

阿頼耶識(あらやしき)=ユングのいう集合的無意識

と、捉えられているのです。(・・・若干、微妙ですが。)

これ、すごいと思いませんか?お釈迦様は2500年前の方ですよ。この時、すでにこういう考えを説いていた、ということになりますよね。道元禅師、今から約800年前の方です。この時にユングと同じ考えを書き残しているわけです。もっと言えば、お釈迦様の前にも、同じような考えがあったわけです。いかに東洋思想が素晴らしいか!

そして、村山先生は、

「人間は、もともとの持っている心に、自分も幸せになり、人をも幸せにする、絶対の心を持っている。一切れ持っている。この一切れを、どこまで拡大させるかが、人間の最も大事な所。」

これが道元禅師の主張だと仰います。

さらに、

「自分の心の中に寝ている、自分を幸せにする心、それをどうやって自分の顕在意識に持ち上げて、自分の中で、アイディアとして持ち上げられるか。他からこの人を救おう、なんて、絶対できやしない。全部、自分の問題は自分で解決できるだけのものを自分で持っている。もっと言うと、解決できる問題以外はない。だから、自分の周りにある、自分の生活に起きている悩みから、逃げてはいけない。悩みをごまかしてはいけない。絶対解決できる問題しかないから。逃げるな、ごまかすな。全部自分で解決できる。」

これが村山先生の基本的な人生観だとおっしゃいました。この人生観は、道元禅師の仏性論を学んだ時から持った人生観だそうです。

もう、しびれますよね。これこそ、道元禅師のいう「修行」だと思うんです。

そして、

この一切れを、どこまで拡大させるか

ですよ。「一切れ」って、いったい何だ、ということです。

仏教が第一の目的とするところは何か。それは、「さとり」をひらくこと、でした。では、「さとり」を開くとは?

自分の潜在意識の奥の奥の深層までいくと、すべては繋がっていると理解すること。

これが「さとり」の第一歩だと、私は考えています。これが正しいのかどうかすら、わかりません。なにしろ、仏陀はお釈迦様ただ一人なんですから・・・。でも、仏教の経典は、2500年かけて、ずっとこのことを伝え続けています。そして、「哲学」という学問も、このことをずっと論じているのだと思います。

もちろん村山先生も、このことを私達に伝えようと、様々なお話をしてくださっていました。私はそれに気づくのに、何年もかかりましたけど・・・。

2019年版「展望と開運」の「はじめに」にも、このことが書かれています。村山先生の想いが伝わってきます。

この「一切れ」というのは、すべてが繋がっている大生命(仏性)から分かれた「一切れ」=人間のことでもあります。要するに、「私」は、宇宙の大生命の「一切れ」である、ということ。だとしたら、「私」というのは、自分自身と思っているこの私はもちろんのこと、家族も、会社の同僚も、地域の人すべても、地球上すべての人も、「私」と捉えることができるわけです。

だからこそ、「自分自身と思っている私」が自分を整え、幸せになっていったら、すべての生命に、地球自体に、影響を与えうる、ということだと思うんです。自分自身と思っているこのちっさな「私」をどこまで変化させることができるか。だからこそ、「どこまで拡大させるか」、なんだと思っています。

これ、気学の考え方もまったく同じだと思うんです。

気学は、「九星気学風水」といって、地球上のすべてのものを9つに分類して、九星としています。ということは、大きな「一切れ」が9つある、ということですよね。そして、「世の中のためって?1~3」で書いた、「内気と外気」の話、あれも、「私」が大きくは宇宙にまで影響を及ぼす、という話でした。気学・易は、「太極」からすべてが分かれ出た、と説いています。そして、その分かれ出たものの特徴・分かれ出たもの同士の関わり方・物事の考え方・行動指針を教えてくれています。私はこれを、「地球のルール」だと考えています。気学・易は、5000年以上前にできたものなんですよ。仏教より2500年以上前から、「地球のルール」を説いているんです。すごいですよね!

九星気学風水・易・仏教を学んで「私」を幸せにしていくことが、世の中のためになると信じています。これが正しいかどうかを検証するには・・・実践あるのみ!

世の中のためって?8

前回、道元禅師の仏性のお話を、本当に、ほんっっの少し書きましたが、今回はユングについて調べてみました。

またウィキペディアに聞いてみると、

カール・グスタフ・ユング(Carl Gustav Jung、1875年7月26日―1961年6月6日)は、スイスの精神科医・心理学者。深層心理について研究、分析心理学(ユング心理学)を創始した。

と、あります。

道元禅師は1200年に生まれていますから、ユングさんは道元禅師の約700年後に生まれた方ということになります。日本では、河合隼雄さん(京都大学名誉教授・元文化庁長官)が日本人として初めてユング派分析家の資格を取得し、日本にユング心理学を普及させたそうです。AADD12E3-F1D9-424F-A3BF-6CA9A7ABAE70

ということで、こんな本を読んでみました。

ウィキペディアによると、

精神科医であったユングは、当時の精神医学ではほとんど治癒できなかった各種の精神疾患に対する療法の確立を目指し、心理理論を模索していた。フロイトの精神分析学の理論に自説との共通点を見出したユングはフロイトに接近し、一時期は蜜月状態(1906年 – 1913年)となるが、徐々に方向性の違いから距離を置くようになる。

と、あります。

フロイトとユングが研究していたのが、「無意識」です。「無意識」というのは、自分で意識できない意識を言います。この概念を最初に発見したのがフロイトです。ユングがフロイトの『夢判断』という書物を読んで感激し、フロイトを訪ねたことが両者の出会いとなりますが、後年、フロイトから離れ、独自の「分析心理学(ユング心理学)」を創始します。

では、ユングとフロイトの一番の違いは何でしょうか?学問上の理論の違いなどは、もちろん私は解説できませんので、私の勝手な解釈を書きます。それは、『「無意識」の範囲』です。

フロイトは、幼少期の体験やコンプレックス、受け入れがたい出来事が起きた時の心の傷などが、自分で自覚できない無意識の領域に押し込められている、とし、その抑圧されたものを意識化することによって、身体的な症状を治療しうる、と考えました。

これに対してユングは、フロイトの理論ではどうしても理解できない患者に接するうちに、フロイトの捉える無意識のさらに深層に、人類一般に共通の無意識がある、と考えました。これを「集合的無意識」といいます。

「潜在意識」、有名な言葉ですから、みなさんご存知だと思いますが、今、自分が認識している世界の意識を「顕在意識」と呼び、自分で認識できない意識を「潜在意識」と呼びます。この「潜在意識」に段階があり、フロイトの考える無意識(潜在意識)よりも、ユングの考える無意識=集合的無意識(潜在意識)の方が深部にある、というイメージです。

ここで、ようやく仏教に戻ってきます。

「世の中のためって?4」で書いた通り、仏教は、宗教だけでなく「仏教哲学」というものがあり、それは、経典を宗教書としてではなく、哲学書として読むものです。

というのは?

仏教は、潜在意識の段階のことを述べているんです。

ということで、この本を読んでみました。B284745A-9F21-441C-BB5C-290299A89313

難解―――!

続く・・・

世の中のためって?7

仏性、聞いたこともない、という方がほとんどだと思います。もちろん私もまったく知りませんでした。ウィキペディアによると、

仏性(ぶっしょう、梵: Buddha-dhātu)とは、衆生が持つ仏としての本質、仏になるための原因のこと。主に『涅槃経』で説かれる大乗仏教独特の教理である。覚性(かくしょう)とも訳される。仏教では、この仏性を開発(かいほつ)し自由自在に発揮することで、煩悩が残された状態であっても全ての苦しみに煩わされることなく、また他の衆生の苦しみをも救っていける境涯を開くことができるとされる。この仏性が顕現し有効に活用されている状態を成仏と呼び、仏法修行の究極の目的とされている。

わかりませんね~💦

一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうしつうぶっしょう)という言葉があるのですが、「ブリタニカ国際大百科辞典の解説」によると、

生きとし生けるものは,すべて仏陀になる可能性 (仏性) をもっており,すべて悟りうるという仏教の思想。諸説もあって,なかには仏性をもたないものもありうるとする説 (法相宗) ,草木などの精神性をもたないものにまで仏性があるとする説 (天台宗) ,精神性をもたないものは仏性をもたないとする説 (華厳宗) などがある。大乗仏教の『涅槃経』にみえる句。

と、あります。要するに、「一切の衆生に、ことごとく仏性あり=すべて生あるものは、ことごとく仏となる可能性を有している。」ということのようです。また一般的には、「仏のように情け深い性質。慈悲深い生まれつき。」と解釈していたりします。

この仏性論、4世紀くらいにできた涅槃経というお経の中に出てくるんですが、仏教の革命的な考え方だったそうです。仏はどこにいるか→お墓でもない、お寺でもない、自分の心の中にいる、という考え方なんだそうです。

でも、この思想が生まれて700年後の道元禅師は、これに異を唱えます。まず「悉有仏性」をどう解釈しているか。

ここからは村山先生に教わった内容です。

「悉有(しつう)」という世界がある。それは、「ことごとくある。いつでもどこにでもあるもの。」言葉を変えると、「宇宙中充満しているものがある」という世界。で、その充満しているものこそが「仏性」である、と。

「仏性」ということは、「仏の性質」とも読めます。仏の性質、ということは、当然、善意しかないですよね。だから、「この宇宙は善意で満ち溢れている。あらゆるものを幸せにしようという心しかない。」ということになります。

次に「一切衆生」。

道元禅師は、これを一切(いっさい)とは読みません。一切れ(ひときれ)と読みました。その一切れを、衆生という。

だから「一切衆生悉有仏性」とは

宇宙に善意が満ち満ちている。その一切れを取ったものが、人間の心なんだ、

ということになるそうです。

この道元禅師の解釈を、村山先生は絶賛されていました。

NHKの「100分で名著」という番組のホームページの、名著59に、道元「正法眼蔵」の回があります。興味がある方は、探してみてくださいね。

蛇足ですが、その第4回「全ての行為が修行である」の中に、

普通は悟りを得るための手段として修行をすると考えられているが、道元はそうは考えない。修行そのものの中に悟りがあり、悟りの中に修行があるとみるのである。この立場に立てば、行(歩き)・住(止まり)・坐(坐り)・臥(臥す)といった生活の一挙手一投足が修行となり、その只中にこそ悟りがあると道元はいう。

と書いてあります。お釈迦様が、苦行ではさとりはひらけない、と仰ったことにつながるなぁと思いました。

続く!

世の中のためって?6

お釈迦様が生まれたのは、約2500年前。

それから現在まで、たくさんの人が仏教を学び、さとりを開こうと努力し、それを文章に残してくださいました。いろんな方が、それぞれの解釈で経典や文章を書かれてますから、ものすごい数の経典・文章があります。そのすべてが、ありがたいお話なんだろうと思いますし、村山先生も、いろんな経典の解説をしてくださいました。

本当は、村山先生の解説を多くの人に知っていただきたいと思いますが、公の場にそのまま書いてしまうわけにはいきません。なので、村山先生の解説を引用しながら、私の感想を書いていこうと思います。

前にも書きましたが、私が師匠の仏教塾に通ったのは、ほんの1年ほど。あとは先生がDVDでお話されているのを見ただけ。その少ない中で、最も私が「なるほどー!」と思ったお話を書こうと思います。

それは曹洞宗の開祖、道元禅師の「正法眼蔵」という仏教思想書の中の、「仏性の巻」です。

この「正法眼蔵」、難しいので有名なんですよ。全部で87巻あるのですが、その中でも最も難解なのが「仏性の巻」と言われています。それを私が書こうとしている・・・。めちゃくちゃ緊張します。手が震える思いですが、えーい、書いてしまえー!

道元禅師は鎌倉時代の人です。1200年にお生まれになりました。お釈迦様の教えが始まった頃から1000年以上経って生まれた、ということになります。この1000年以上の間に仏教も進化を遂げ、様々な素晴らしい教えが出ました。が、そこを全部すっ飛ばして、いきなり道元禅師の話にいきます。

まず、ユング、という人のことは、みなさんご存知だと思います。19世紀最大の天才と言われる心理学者ですね。

仏教と何の関係があるのかって?

実は、このユング心理学と道元禅師の仏性論は、同じことを述べているのだそうです。

続く!

世の中のためって?5

さて。『さとり』を開く。言葉としては、ほとんどの方がご存知ですよね。

では、『さとり』とは?

「ブッダの説法の根本は、その悟りの体験を言語化して伝え、人々をその境地に導くことにあったとされる。この悟りに到達することが、後代に至るまで仏教の根本目的であるとされる。」

ウィキペディアから引っ張ってみました。おー、なるほどー、わかったよ!という方は、たぶんいらっしゃらないと思います。

まずだいたい、『さとり』とは何かって、さとった人にしかわからないですよねー

で、仏陀(=さとりの境地に達した者)は、この世でお釈迦様ただひとりなわけです。

残念!終了!・・・というわけにはいかないので、まずはお釈迦様がさとりを開かれた時の様子を書いてみます。

「シッダールタは王族としての安逸な生活に飽き足らず、また人生の無常や苦を痛感し、人生の真実を追求しようと志して29歳で出家した。」

これもウィキペディアからお借りしましたが、そうです、お釈迦様は王子様だったんですよ。なのに、その地位を投げ出して、6年もの間、苦行をされたそうです。さとりを開くために。すごいですよね。もうこの段階で、真似できません😔

で、苦行って、ウィキペディアによれば、

呼吸をしばらく止める修行

太陽の直射日光を浴びる修行

座ろうとすれば後ろへ倒れ、立とうとすれば前に倒れたり、片足立ちをするなどの激しい肉体運動

減食によって食欲を抑制する断食修行  など。

と書いてあるんです。など、ですよ。他にどんな苦しい修行をされたんでしょうね💦  この苦行をすることでお釈迦様は『さとり』を開かれたんでしょうか。

いいえ、お釈迦様は、苦行では『さとり』を開けない、ということを悟られたんです。

「えーー!滝行とか、今でもあるけど、それでは悟れないんだ!」(私の心の叫び)

結構ショックですよね。でも、本当にそうなんです。村山先生も、「滝に打たれるぐらいなら、会社で人間関係に悩んだり、嫁姑バトルをしてるほうがよっぽど修行になる」と仰ってました。

ちょっと修行が身近に感じられませんか??

話を戻して。では、お釈迦様はどうされたんだろう・・・と思いますよね。

お釈迦様は、断食修行で生死の境をさまよい、川に流されてしまったそうです。そして、川を流れるお釈迦様を、スジャータという村娘が助けて、お釈迦様に乳粥を食べさせて蘇生させたそうです。

スジャータさん、あのスジャータは、ここから命名されたそうですよ。余談ですね。

それで生き返ったお釈迦様は、菩提樹のもとで瞑想し、『さとり』を開かれたそうです。

続く!