私の所属する「一般社団法人 社会運勢学会」のホームページができました。
認定講師として紹介していただいてますので、よかったらご覧になってくださいね。

今回は、私が今年取った吉方についての報告です。
今年は九紫中宮、東の七赤を取るべく、西の二黒の方位で75日間過ごしました。5月に出発したので、月盤は四緑天道。年盤二黒・後天定位七赤。易でいうと地沢臨。7月下旬に東に戻り、年盤の東の七赤を取りました。ということで、取った吉方は3・7・8。易でいうと沢雷随。
前々回、家相の話で書いた通り、レオパレスの地相があまりよくなかったため、実は実家に移動しようか迷ったんです。でも、ご挨拶でお参りした熱田神宮で引いたおみくじに、「転居 騒ぐと損」と書いてあったので、
わかりました!
と、レオパレスで過ごす決意ができました。
そうしたら・・・。今まで気学にはまったく興味を示さなかった弟夫婦が、気学を習ってくれることになったんです!
びっくりー!
弟の星は3-⑦。今回の吉方通り!
大成卦は沢雷随で、人に従うことがとても大事な星。時間があまりなかったので最大吉方までしか教えられませんでしたが、正気吉方の説明まではできました。正気吉方の生き方は、沢雷随の人にとってはとても大切。
吉方、ありがとー!
名古屋に来た時の月盤は四緑。四緑は長女星。弟夫婦に気学の話をすることが、きっと長女の役目だったんだなぁと、心から感謝の気持ちが湧きました。
そして!
東京に戻る直前に気がついたのですが、なんと、実家の南西方向に「風来坊」がオープンしたんです!
これ、最上方位で、沢地萃。二黒の上の七赤。私が来た方位の星!
吉方の効果は、人によってさまざま。それは、その人にとって一番必要なことが起こるからだと思います。
今回、私は、この吉方のおかげで長女の役目を果たすことができたようです。
吉方を取った皆さんも、いろんな効果が出ていると思います。
ぜひ体験談を聞かせてくださいねー♪
今年の仮吉方、実は私の両親も挑戦したんです。それも、六白の輪重吉方!
3年くらい、毎日日盤吉方を取っていたのですが、去年までは
そんな3ヶ月なんて(苦笑)
と、まったくそんな気はなかったのですが、今年の吉方は、「行ってみない?」「行く!」となり、こっちがびっくりしました。
去年、私は二黒の輪重吉方を取ったんですが、輪重吉方は両親が良くなる吉方と言われています。その通り、両親も輪重吉方を取ることが出来たということですねー!
で、無事仮吉方から帰って来たのですが、
五黄母「ねーねー、3ヶ月前の卵って食べられると思う?」
六白私「えー!そりゃ無理でしょ!」
五黄母「…食べちゃった」
六白私「えっっ( ̄O ̄;)」
五黄母「だってお父さんが大丈夫だって言うから~」
八白父「そんなやわな体じゃないから大丈夫だ!」
さすが土星…😱
ホントに大丈夫でした。
六白吉方は健康になると言われていますが、もう効果がでたのかしらー😆

仮吉方先から戻りました!
中部・関西・北陸の皆さま、大変お世話になりました。皆さんのおかげで、本当に楽しい75日間を過ごすことが出来ました。
心から感謝申し上げますm(_ _)m
さて、今回の仮吉方で学んだこと、たくさんあるのですが、家相の話を書いてみようと思います。
社会運勢学を学ばれている方ならご存知の通り、家相に偶然はありません。必ずその家に住み始めた時の心の通りの家に住むことになります。
それは仮吉方でも同じなんですねー
で、この仮吉方に出る前、どこに住むかでかなり迷いました。やっぱりいい地相のところに住みたいですもんね。
最初に探し始めた時に候補になった部屋、みんな同じ特徴があったんですよ~。あちゃー、私、今こういう状態なんだな、と、心を切り替える努力をしました。
そしたら!
もう絶対これ以上探せない!ってくらい探したはずなのに、全然違うところが出て来たんです。レオパレスの担当の方にも確認して、「よっし!これで絶対大丈夫!」と意気揚々と名古屋に向かいました。
…が、なんと!私もレオパレスの方も見間違えていて、大丈夫じゃなかったんです💦💦
はぁぁ~😔
最初は落ち込みましたが、仕方ない、これが今の本当の私!
どんなに完璧な地相に住もうとしても、やっぱり心の通りの家にしか住めないんだなぁ…と、痛感しました。
でも、自分が気が付かない、本当の自分を知ることが出来たおかげで、そこを切り替えることができるんですよね。
吉方バンザイ!
家相を知りたくなった方、ご連絡お待ちしてますよ😉🎵
三碧取ったので、宣伝してみました😆
師匠である村山幸徳先生に出会ったのは、5年前の2013年11月。
今年5月に先生がお亡くなりになり、実質的に先生から学んだ期間は、約4年間でした。
たった4年という短い期間でしたが、先生と出会ったことで私の人生は大転換しました。
先生に出会う前の私は、どこにでもいるただのパート主婦。
家庭とパート先の会社という小さな世界の中で、特に大きな夢も希望もなく、大過なく暮らせていけたらいいな、と平凡な毎日を過ごしていました。
あるきっかけで、気学の気の字も知らずにマインドズームに足を踏み入れました。
そこで最初に聞いたお話は、「五黄」の世界の話。
そんな考え方があるのか!と、一気に虜になりました。
先生の講座は単なる占いの気学ではなく、人間がどう生きていったらいいのか、どう考えることが幸せなのか、生きるとはどういうことなのか、哲学としての気学を教えてくださいました。
先生が気学を教え始めた理由はただひとつ。
「世の中をよくするため」
先生がたった一人で気学を教え始めて、20数年、生徒の数は何万人という単位になりました。
でも、先生が目指した世の中には、まだなっていません。
私は先生から、日本のため、世界のためになる活動をすることが村山気学の使命だと教わりました。
私一人の力は微々たるものですが、一人ひとりの変化が力になると信じています。
少しでも自分の役割を果たせるように、気学を伝えていきます。
世界中の人が幸せになるように!